2017 / 07
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アツくて

暑くって

長くて

深ーーーい



そんな出来事が終わってしまいました・・・




本物づくしの一大イベント!
「Fukushima Hawaii Bon Dance Festival」



ホノルルが福島にやってくる!


という、ほんとうにやってきましたね。


新聞



連日新聞にとりあげられておりました。



この出来事、この思いを、ここで一言にまとめるには
この出来事と同じ日数、同じ時間を要するので、
ダイジェストでまとめてみます。


そして思いは、思いつくまま、長いページになると思います。
(が、ワタシ的には、全然短いけど・・・)






◆7月19日(水)

2年間の待ちに待った企画のオープン!


19日。写真展 

オープニング式典とテープカット。


移民の歴史、太平洋戦争、その後のハワイ・・・
などの関連写真展。







◆7月20日(木)


ダンスレクチャー、阿波踊りレクチャー、練習会


20日・練習 

10数曲の盆踊りや、阿波踊りなど、次から次へ、
ひたすら踊りの練習です。


どちらももちろんはじめて。


でも躊躇などしてはいられません。



本場ハワイから、そして他県からと来福しての企画。
お出迎えする私たちが手を広げなくてどーーーする!


はい!やりましょ、しっかりとね。






◆7月21日(金)・昼



21日・映画 


「二つの祖国で」映画上映



日系のこと、移民のこと、戦争でのこと・・・など。
当然ながら、胸をしめつけられる思いで、
そして声小さく、涙ながらに語る日系たちを見ていたら
自然に涙がでてきます。



とても暑い日で、汗拭き用のタオルは
顔をおおって、涙ふきにも使用。
汗も涙もいっしょだわ(-。-)







◆7月21日(金)・夜


ダンス前夜祭交流会パーティー
21日・パーティー 

ホノルル県人会のみなさん。
関係スタッフのみなさん。
そして私たちと。

企画成功に向けての交流会パーティー!


ここでの席の配置がおもしろかった。
約10人の円卓に、ハワイからのゲスト約7、8人。
関係スタッフ1人。
通訳一人。私たちフラ関係一人ずつ。


どのテーブルにも同じような条件でばらける。
うん!これはいい案。


一人で放り込まれるこのテーブル事情。
英語力など、有無も言わさず、
ささ!交流しましょ!って感じ。


アタシはおもしろかった。よっしゃ!ってね。


その後はあちこちと移動しながら、しばし歓談。



もうここでもすでにはじまります。

物事の最後の「ハワイアロハ」は、
なんとここでも、そうすでに始まる盆ダンス♪


本番前夜祭の出来事でした。






◆7月22日(土)


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とうとうきましたよ!本番!!!ですよ!


22日・いろいろ 


日舞の子供たちの演舞。


阿波踊り。


ハワイから、そして沖縄から琉球太鼓。




22日・フラ 



そして、私たちもフラで。




そんなお昼をすごし、夕方になり、いよいよの!


22日・盆ダンス 

みんなの笑顔がより一層です。


私のカメラと腕では、
シャッターチャンスなど決められるはずもなく、ぶれぶれ。



踊っていたらどこかから私を呼んでいる!・・・


見渡すと、やぐらの上から声をかけられてました。



踊らにゃそんそん状態ですね。
というよりも、こちら本物ですからね、
ここに居ながらにして、ハワイを感じれるなんて
手を抜いてたら、さぼったら損だわ絶対。

そう思う私は、一時も無駄にすることなく、
たとえ暑くてへとへとであろうと、
たとえ足がだるかろうと、
とにかくしっかりと満喫しました。


合間に演舞される琉球国祭り太鼓に合わせて待ったフラ。
「島唄」「海の声」「花は咲く」などは、どれもこれも
すべてアツく、生の集結に全員が自分の世界でした。
心からのすべてに、思い圧巻でした。。。



そろそろ終わりの気配を感じた時は、ひしひしと
悲しくなってきました。


その気持ちは、ハワイから帰る日の空港にいる気持ち。
そして飛行機に乗り外を眺めている気持ち。
もう涙しかでてこない気持ち・・・



。。。


。。。


。。。



やはり、条件反射のように胸にこみあげてきました。


人・パールリッジ (2) 

「Don't cry」!!!


こんな楽しい時になぜ、泣く!
だめよ!泣いてたら!・・・


といったその方だって、涙ためてたよ。



写真のわきの「マウナロアナッツ」は
プレゼント!と言って、彼女からいただいた。


前の日にパーティーで盛り上がった話をした方たちの一人。
そして彼女がつけていた手編みのレイも。


。。。


。。。


。。。






祭りのあとの会場は、うそのようにひっそりとしていた。







◆7月23日(日)


23日・講演会 


ハワイの歴史、移民の文化についての講演会。


はしゃいだあとの祭りのあとは、声も出ず、
体も重だるく、すべて静まり返っていましたが、
まだ企画は続きます。


そしてそれらも私にとっては大事な内容の講演。


最後には、ハワイ在住の高校生によるバイオリン演奏。


東京からかけつけた「南京玉すだれ」のグループ。
(人前で演技するときの堂々さ、元気さ
 周りを明るくさせる徹底さ。
 観客を飽きさせないぬけめなさ。
 二枚目を熟知した上をいく三枚目。)

・・・学びました。






この企画で多くの方々に出会いました。
連日お会いしたみなさんでしたので
なおさら親しい気になりました。


そして思いました。


やっぱり、同じ目的を持って、同じ目標があって、
同じ方向を向いている人たちが集まっていると
おのずと団結心が強く、親しくアツくなるんだと。



言葉じゃないんですね・・・



ハートなんですね。。。。




出会った多くの方々

人・カイムキ 

ホノルルオアフ、
カイムキに住む上写真右隣りの彼女。

パンケーキショップの話で盛り上がりました。

「コアパンケーキハウス」
そこは、私も行ったお店。
ここは地元で有名な老舗店かな。
モーニングセットを食べたよ、オムレツとね・・・とね。


そして「カイラ」は、日本では有名な人気店。とね。



パールリッジに住む同じく左隣りの彼女。


The busでパールリッジショッピングセンターに行ったこと。
そして朝早く裏手のマーケットに行ったこと。
その坂道が疲れたこと。

その坂を歩いたことにびっくりされた話し。

マウイやカウアイやハワイ島では車運転したけど、
オアフはもっぱらThe busと、歩き!


そんな話しで盛り上がった。


アラモアナでは何を食べたの?
行ったお店は「白木屋」と行った彼女に全員大笑い。
なぜ笑ったんだろう。
多分日本人、絶対行くと思ってかまってみたのだろうか。
ま、確かに行ったけど。



人・祭り 


ダンスの練習、パーティー、本番と、
ずっと一緒にすごした「ホノルル県人会」の皆様方。


歴史や移民文化の講演会の講師の先生。



なんか、あふれてたな、ハワイが・・・




プレゼンツ 

皆様方からいただきましたプレゼント。


県人会の皆様が、踊りの時につけていた手作りのレイ。


マウナロアナッツ。


琉球太鼓の方からいただきました、「キャンディーレイ」
そして「プルメリアピック」


市からいただきましたおしぼり。




この企画でたくさん感じました。
と、同時に、また新たな課題もみつけました。


課題 (2) 

これから時間をかけて、ひとつずつじっくりと解読して
新たに別な観点から学んでいこうと思っています。


ではなく、学びます。


次の私のさらなる課題はこれらです。
学びます!勉強します!宣言します! 

ハワイの歴史・神話・文化・・・さらに学びます宣言です!






あーーー。終わっちゃったな。


よかったなぁ。ほんとに。。。




集合 

上段:ホノルル県人会   下段:ごちゃまぜスナップ






ありがとうございました~!!!






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1885年(明治18年)
日本人がはじめて「移民」としてハワイに渡った。

それが日本における「ハワイの移民文化」のはじまりであった。



今年の夏、私の住む福島で
「ホノルル&福島」との交流企画が行われた
それはハワイの文化「盆ダンス」・・・


生活が厳しかったその頃の日本。
生活のため、お金のためと、多くの日本人がハワイに渡る。


そこでの生活は約束されたものとは違っていたかもしれない。


照りつける太陽の下での重労働は
日本人にとっては過酷なものだっただろう。


そんな時にみんなで集い歌い踊った民謡は
人々を和ませ、ほんの少しの安らぎになった。



・・・

ということは、初級の段階でもうすでに知っていた。




・・・が、しかし・・・


なぜ、それが福島だったのか?
日本全国の中で、なぜここ?


そんなことがずっと頭の中にあり、不思議だった。


ハワイ移民の父といわれる人が、福島市の三春出身であったり
歴代のハワイ州副知事や、米軍大将、世界的に有名なシェフ、
有名なウクレレ奏者、オリンピック選手・・・などなど
様々な分野で活躍するハワイの人々に
福島出身や、2世なども多いこと。


移民の割合が日本で5番目に多いという
もっと正確な数字まで知ることができた。


「盆ダンス」がなぜ福島で行われたか。


それは必然だったのだ。


「移民の文化」は知っていても、なぜ福島・・・という
なぜ?が、知れたことはいい習得だった。


そして、これからはこの歴史や文化をさらに学ぼうと思う
いい機会にめぐまれた。


これからの自分の課題と次のステップだ。



・・・


さて、この企画にふれることができて
多くのことを感じ、多くのことを学んだ。


(私個人的には)ハワイの文化のひとつである
「フラ」を通しつながった盆ダンス。
そしてハワイの人々、他県の文化、人々との交流。


「フラ」にほんの少し携わる私が、この企画を通し、
この機会に多くの方々にお話をお聞きししてからの
「フラ」への思い・・・


またいろいろと、多くを考えさせられた。


今回連日のように交流させていただいた
ハワイの方の言葉・思いを一部抜粋してみます。


~福島(日本)のフラガールたちが、なぜそんなに
 ハワイに来たがるのか理解できた。
 彼女たちは「フラ」をすることによって
 ハワイを想い、心をハワイに向け
 そしてハワイと繋がっていると感じているんだ。

 僕が会津磐梯山を踊りながら磐梯山を思い浮かべ
 心を磐梯山に向けていたのと同じなんだよね~



これはこの企画で一緒になったハワイのある方の言葉。


彼はハワイで日本の民謡をする。
私は日本でハワイのフラをする。


お互い異国の文化をせていただいている。
学ばさせていただいている。


そこに向かう魂・スピリット・ハート・・・


言葉では言い表すことのできない
なにかとてもアツいものを感じた。


このようなことが連日で感じることができた。



人の考えや価値観は様々で、ある意味違って当然であるが
自然にハートが感じられず、受け入れようともせず
目の前のことに尊敬や敬意や感謝できない人たちも
少なからずいる・・・


私はこのような機会にふれさせていただけて
たくさんの出来事を体験させていただけて
アツいハートを感じることができて・・・


それらはすべて自分の宝物となり、思い出となり
得るものが大きすぎて、正直、ちっちゃいことなど
どうでもいいと本当に思っています。


こういうこと経験すればするほど思います。


彼の言った言葉や思いもしみじみするし、
私が実際立った、ハワイの大自然のあちこちでの
光景や思いなど考えたら、前向きにしか考えられない。


でなけれなばちがあたる!そのぐらい思っています。


終わった今、しみじみと今回の一連にホッと一息つきながら
出会った人たちとのメールでのやり取り、
通訳で、偶然一緒になった学校時代の親しいクラスメート
とのLINEでのやりとり。・・・などなど


また少しずつ学びの世界を広げていきたいと思いました。



(この暑さもプラスして)
この期間に3キロの体重が減り、喜んでいた私ですが、
終わって安心。ばくばく食べた次の日は
体重が2キロ!戻ってしまいました



プラス・マイナスでマイナス1キロ・・・か(-。-)



ま。よし!としよう






私のハワイや交流は、私にそんな思いを与えてくれました。
またひとつ誇りを持って前にいこう!



・・・




海の向こうハワイからアツいハートを持ってきてくれた
ホノルル県人会のみなさん


ホノルル琉球国祭り太鼓、沖縄太鼓、福島太鼓のみなさん。


阿波踊りのみなさん


いわきじょんがらのみなさん


安達太良太鼓保存会のみなさん


主催のマリアンさん、市の職員さんや関係スタッフのみなさん


市民フラ、バンド、ウクレレのみなさん





本当にありがとうございました。



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~PS~

Thank you by the Bondance.

I had much heart in addition please come to Fukushima

The next is Hawaii and I want to dance Try!


Let's meet again someday!

See you around
                                           Sincerely yours, Kaori